増島城ますじまじょう

~乱世の終わった飛騨に築かれた唯一の平城~

Shironav Master

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増島城は三英傑こと信長、秀吉、家康に仕え乱世を渡り切り、飛騨一国の支配者まで成り上がった金森長近によって古川盆地の押さえとして築城された飛騨で唯一とも言われる平城です。
城が完成すると長近の養子金森可重が初代城主となりました。その後元和元年(1615)の一国一城令により古川旅館となり城としての役割を終えます。元禄5年(1692)に金森氏が出羽国に移るとしばらくして廃城となったようです。
遺構の大部分は市街地化によって消失しましたが、古川小学校と飛騨市特別支援学校の間に、櫓台の石垣と堀の一部が残っています。櫓台の上には、増島天満神社(気多若宮神社に合祀)の社殿とその横に、御蔵稲荷神社があります。
平成20年~21年の小学校改築に伴う発掘調査によって総石垣の平城であることが判明しました。

【目次】
基本情報
縄張図・鳥観図
ポイント
歴史的背景
アクセス
参考文献・サイト

基本情報

城名(別名)増島城
築城主金森長近、可重
築城年天正14年(1586)
カテゴリー江戸時代 安土桃山時代 平城 
関連項目天守台 水堀 高石垣 
遺構天守台 石垣    
住所(所在地)岐阜県飛騨市古川町片原町8−35
指定文化財岐阜県指定史跡
構造物石垣、水堀、天守台
問い合わせ先岐阜県観光連盟
電話番号058-275-1480

縄張図・鳥観図

図面の出典は余湖くんのホームページ様です。
周囲は市街地化によって天守台と堀を残して消失していますが、天守台とそれに付随する石垣はよく残っています

ポイント

主な遺構 :
天守台
石垣
天守台
市街地化された住宅地に突如として現れる堀に囲われ一段高くなった天守台は、非常に目立ちます。
石垣
南側石垣は自然石を加工することなく積んだ野面積み石垣で8メートルを越える高さがあります。これは飛騨地域で最大級の高さを誇ります。
堀は一部しか残っていませんが、その堀幅は20mもあり、平城らしい大規模な堀があったことを想起させます。

歴史的背景

増島城には御城印が存在します↓

増島城内の増島天満神社に置かれている訪城カードを飛騨古川まつり会館に持っていけば登城記念Verを購入できます(1枚300円)↓

アクセス

公共交通機関
JR飛騨古川駅から徒歩5分

自家用車
高山市街地から約30分
増島城には駐車場がありませんので飛騨古川駅裏無料駐車場をご利用ください
飛騨古川駅裏無料駐車場から徒歩5分

参考文献・サイト

サイト
増島城跡(岐阜県指定史跡)-岐阜の旅ガイド
飛騨 増島城-城郭放浪記
余湖くんのホームページ

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