今泉城いまいずみじょう

~乱世の跡に植えられた大ケヤキが今も残る~

Shironav Master

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this castle

今泉城は現在の大和神社周辺に中心部があったとみられており、周囲には立(館)の内・馬場前・堀の西など館の存在を意味する地名が残っています。
願清寺裏から大和神社境内の南側と西側に土塁遺構が残っています。
この地域は古くから今泉郷と呼ばれ、南北朝時代には南朝方の武将であった村山義信・隆義父子が居城を構えていました。戦国期には上杉氏の支配を受け、上杉謙信の死後に勃発した跡目争いである「御館の乱」では敗れた上杉景虎が鮫ヶ尾城へ逃れる途中に今泉城に立ち寄ったようです。

【目次】
基本情報
縄張図・鳥観図
ポイント
アクセス
参考文献・サイト

基本情報

城名(別名)今泉城
築城主村山義信?
築城年南北朝時代
カテゴリー南北朝時代 江戸時代 安土桃山時代 平城 
関連項目大ケヤキ 土塁 
遺構土塁 今泉城跡の大ケヤキ    
住所(所在地)新潟県上越市大和2丁目10−24 大和神杜
指定文化財国登録巨樹(大ケヤキ)
構造物土塁、曲輪
問い合わせ先上越市 文化行政課 歴史文化係
電話番号025-545-9269

ポイント

主な遺構 :
土塁
今泉城跡の大ケヤキ
土塁
神社の南側に今泉城の遺構として唯一残る土塁を見ることができます。
城の中心部を囲うように配されていたのでしょうか?
今泉城跡の大ケヤキ
 北陸新幹線上越妙高駅近くの大和神社境内一帯は、南北朝時代に南朝方の村山氏が居城「今泉城」を構えた地とされ、境内地には土塁(どるい)遺構が残り、当時の石仏もみられます。

 今泉城跡の土塁遺構上にそびえる今泉城跡の大ケヤキは、幹周り6.6メートル、樹高27メートルの巨樹で、上越妙高駅と共に歩む会が行った科学的調査により、樹齢350年以上ということがわかりました。100年以上前にあったとされる落雷の被害により、幹の芯部から東側全体は焼けて空洞化していますが、たくましく成長を続けています。

 大ケヤキは、環境省が自然環境保全基礎調査として、全国の巨樹・巨木林の調査結果を収集する「巨樹・巨木林データベース」に登録されています。
今泉城跡の大ケヤキ-上越市ホームページ より引用
このケヤキが植えられた350年前は江戸時代初頭の頃で、乱世が終わったことを記念して今泉郷の村人たちによって植えられたのではとも言われています。
また、現在は新幹線駅(上越妙高駅)直近のパワースポットとして宣伝されており、今後訪れる人が増えることも予想されます。

アクセス

北陸新幹線 上越妙高駅から徒歩7分
駐車場はありません

参考文献・サイト

サイト
今泉城跡の大ケヤキ-上越市ホームページ
越後今泉城-お城の旅日記
越後今泉城-お城の旅日記 今泉城跡の大ケヤキ 樹齢は350年以上と判明-上越妙高タウン情報

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